都道府県コード又は市区町村コード,NO,都道府県名,市区町村名,名称,名称_カナ,名称_通称,名称_英語,文化財分類,種類,場所名称,住所,方書,緯度,経度,電話番号,内線番号,員数(数),員数(単位),法人番号,所有者等,文化財指定日,利用可能曜日,開始時間,終了時間,利用可能日時特記事項,画像,画像_ライセンス,概要,概要_英語,説明,説明_英語,URL,備考 342114,1,広島県,大竹市,オオサンショウウオ,オオサンショウウオ,オオサンショウウオ,,特別天然記念物,その他,,地域を定めず,,,,,,,,,,1952/3/29,,,,,,,オオサンショウウオ科の日本固有種で、世界最大の両生類。,,全長60p程度。全身は茶褐色の地に黒色の斑紋があるのが特徴。,,, 342114,2,広島県,大竹市,阿多田島灯台資料館吏員退息所(旧安芸白石挂燈立標吏員退息所),アタタジマトウダイシリョウカンリインタイソクジョ(キュウアキシライシケイトウリツビョウリインタイソクショ),阿多田島灯台資料館吏員退息所,,登録有形文化財,建造物,阿多田島灯台資料館,広島県大竹市阿多田島田ノ浦449,,34.187081,132.315922,(0827)53-5800,,1,棟,,大竹市,1996/12/20,,8:30,17:15,事前連絡により見学可,,,この吏員退息所は、煉瓦造で外側にモルタルを塗った航路標識施設の附属室である。,,近代の海上交通の発展に貢献した阿多田島の役割を理解する上で欠かすことのできない施設である。煉瓦造、平屋建、洋瓦葺、寄棟造、建築面積91平米。,,, 342114,3,広島県,大竹市,阿多田島灯台資料館吏員物置(旧安芸白石挂燈立標吏員退息所),アタタジマトウダイシリョウカンリインタイモノオキ(キュウアキシライシケイトウリツビョウリインタイソクショ),阿多田島灯台資料館吏員物置,,登録有形文化財,建造物,阿多田島灯台資料館,広島県大竹市阿多田島田ノ浦449,,34.187081,132.315922,(0827)53-5800,,1,棟,,大竹市,1996/12/20,,8:30,17:15,事前連絡により見学可,,,この物置は、吏員体息所に隣接し、物置や浴室として使用された。,,近代の海上交通の発展に貢献した阿多田島の役割を理解する上で欠かすことのできない施設である。煉瓦造、平屋建、洋瓦葺、寄棟造、建築面積42平米。,,, 342114,4,広島県,大竹市,阿多田島灯台資料館吏員油庫(旧安芸白石挂燈立標吏員退息所),アタタジマトウダイシリョウカンリインユコ(キュウアキシライシケイトウリツビョウリインタイソクショ),阿多田島灯台資料館吏員油庫,,登録有形文化財,建造物,阿多田島灯台資料館,広島県大竹市阿多田島田ノ浦449,,34.187081,132.315922,(0827)53-5800,,1,棟,,大竹市,1996/12/20,,8:30,17:15,事前連絡により見学可,,,この油庫は、煉瓦造の倉庫で、燈火用の油庫として使用された。,,近代の海上交通の発展に貢献した阿多田島の役割を理解する上で欠かすことのできない施設である。煉瓦造、平屋建、洋瓦葺、寄棟造、建築面積12平米。,,, 342114,5,広島県,大竹市,栗谷の蛇喰磐,クリタニノジャグイイワ,蛇喰磐,,県指定天然記念物,その他,蛇喰磐,広島県大竹市栗谷町,,34.285029,132.14019,(0827)53-5800,,,,,国土交通省,1948/9/17,,8:30,17:15,,,,蛇喰磐は、小瀬川と玖島川が合流する付近にある。河床が長年の水の浸食で大小多数のおう穴が形作られた景観である。,,おう穴は花こう岩が浸食されてできたもので、水神のもちつき釜、雨の釜、風の釜などの名がつけられていますが、近くにある三倉岳に住んでいた、大蛇と小蛇が喰ったためにできたという伝説があり名前の由来となってます。,,,栗谷町大栗林字横尾223番地先より字尻高333番地先まで小瀬川と玖島川合流点の中心より玖島川沿い延長120mの河川敷 342114,6,広島県,大竹市,弥栄狭,ヤサカキョウ,弥栄狭,,県指定名勝,その他,弥栄狭,広島県大竹市栗谷町,,34.265231,132.136817,(0827)53-5800,,,,,国土交通省ほか,1949/8/12,,,,,,,弥栄峡は、小瀬川の中流、魚切から南約3kmの峡谷である。,,この地一帯は花こう岩からなり、特に粗大な方状節理、板状節理が発達し、渓流の浸食により両岸はそばだって、屏風岩や重ね岩などの奇勝を生んでいる。秋の紅葉も美しい。,,,小方町字後飯谷地内および栗谷町大栗林字横瀧、字高祖谷 342114,7,広島県,大竹市,大瀧神社の奴行列と山車の風流,オオタキノジンジャノヤッコギョウレツトダシノフリュウ,大瀧神社の奴行列と山車の風流,,市指定無形文化財,芸能,,広島県大竹市白石1-4-1,大瀧神社,,,(0827)53-5800,,,,,大竹祭保存会会長,1972/9/26,,,,毎年10月第3日曜日,,,大滝神社祭りの秋祭の行列のうち、特に優れた芸能として指定されたもの。,,奴行列は、1番奴から7番奴まで各4名、総員28名(世話人、挟箱外)25名、合計53名,,,新町1丁目から元町4丁目に至る約3qの市道 342114,8,広島県,大竹市,亀居城跡,カメイジョウアト,亀居城跡,,市指定史跡,史跡,亀居城跡,広島県大竹市小方2-1485-1外,,34.240402,132.216158,(0827)53-5800,,,,,大竹市,1983/11/4,,,,,,,亀居城跡は、幕府の圧力により破壊され廃城となった城址である。,,関ケ原の戦い後、福島正則が1603年に築城開始し、1608年に完成。1611年に、幕府の圧力により破壊され廃城となった。跡地が亀の伏した形にいていることから、亀居城と呼ばれるようになった。,,,亀居公園全域73000平米 342114,9,広島県,大竹市,旧山陽道木野川渡し場跡,キュウサンヨウドウコノガワワタシバアト,旧山陽道木野川渡し場跡,,市指定史跡,史跡,旧山陽道木野川渡し場跡,広島県木野1-495地先外,,34.206934,132.192213,(0827)53-5800,,,,,国土交通省中国地方建設局太田川工事事務所,1983/11/4,,,,,,,この渡し場跡は、1633年に幕府巡見使を迎えるため街道整備されたもの。,,天平年間古代の駅制の整備に始まり、江戸時代幕府巡見使を迎えたため、街道整備される。1636年に舟渡し掟定められる。1922年に、両国橋を架設し、舟による渡しは各所に架橋されるに至り、なくなったものと思われる。,,,木野1丁目495番地、496番地1、496番地2、497番地、498番地、500番地の各地先 342114,10,広島県,大竹市,浅生塚・芦路塚,アソウヅカ・アシロヅカ,浅生塚・芦路塚,,市指定史跡,史跡,薬師寺,広島県大竹市元町4-12-12,,34.205597,132.205978,(0827)52-6701,,2,基,,宗教法人薬師寺,1992/10/27,,,,,,,浅生塚は、志太野波の記念碑である。芦路塚は、浅生塚建立した孔雀坊芦路の記念碑である。,,浅生塚は1740年、大阪高津に没した志太野坡を偲んで、大竹の門人、孔雀坊芦路が建てた石碑である。芦路塚は浅生塚の右に立つ。,,, 342114,11,広島県,大竹市,所家文書,トコロケモンショ,所家文書,,市指定有形文化財,古文書,大瀧神社,広島県大竹市白石1-4-1,,34.214125,132.213774,(0827)53-5800,,1,巻,,所 巳喜彦,1997/3/27,,,,,,,この文書は、鎌倉時代から江戸時代にかけての古文書である。,,この文書は、鎌倉時代から江戸時代にかけての古文書で、厳島神主・大内氏・毛利氏との関連において中世大竹の一端を知ることのできる文書である。,,,軸装巻物1巻、書状1通 342114,12,広島県,大竹市,玖波宿本陣 陣入やっこ,クバジュクホンジン ジンイリヤッコ,玖波宿本陣 陣入やっこ,,市指定無形文化財,芸能,,広島県大竹市玖波5-8-5,大歳神社,,,(0827)53-5800,,,,,玖波やっこ保存会,2003/5/29,,,,毎年10月第2日曜日,,,この玖波奴行列は、江戸時代から玖波地区の住民により受け継がれてきた伝統文化である。,,「玖波奴」は宿駅(洪量館)という本陣のあった玖波ならではの「陣入り奴」として、厳格かつ優雅な「振込み」と呼ばれる儀式で締めくくられるのが特徴である。宰領1名、挟箱4名、黒毛槍12名、白黒毛槍4名、白毛槍4名、大奴2名(計27名),,,玖波5丁目大歳神社を基点に旧国道を中心として町内を巡る約3.6q 342114,13,広島県,大竹市,薬師寺の宝篋印塔,ヤクシジノホウキョウイントウ,薬師寺の宝篋印塔,,市指定史跡,史跡,薬師寺,広島県大竹市元町4-12-12,,34.205597,132.205978,(0827)52-6701,,1,基,,宗教法人薬師寺,2005/3/25,,,,,,,この塔は、1771年に住職如実法師が願主となり設立された。,,この塔が建立された当時は、全国的に天候不順や、市域においても1770年の大雨洪水、翌年の大旱魃などが続いた。この困窮生活の中で、今世と来世の安楽を願って建立された。,,, 342114,14,広島県,大竹市,けごろもの碑,ケゴロモノヒ,けごろもの碑,,市指定史跡,史跡,けごろもの碑,広島県大竹市小方1-18-12,,34.240819,132.220617,(0827)53-5800,,1,基,,,2005/3/25,,,,,,,この碑は、松尾芭蕉150回忌を追福して1843年に建立されたものである。,,「蕉門十哲」の一人といわれる志太野坡は、大竹にも立ち寄って同好の士に俳句を教えた。こうした影響からか、小方では「けごろも社」という俳句の会を作り、慶応から明治にかけて。この俳壇は隆盛を極め、その後「清遊倶楽部」へと引き継がれた。,,, 342114,15,広島県,大竹市,森崎家文書,モリサキケモンジョ,森崎家文書,,市指定有形文化財,古文書,広島県立文書館,広島県広島市中区千田町3-7-47,,34.377227,132.45291,(082)245-8444,,279,件,,広島県立文書館,2006/6/23,,,,,,,この文書は、森崎家が江戸時代から明治時代にかけて三百余年に亘り、大栗林村庄屋文書として伝存してきたものである。,,この文書を相伝する森崎家は、江戸時代「児味屋」の屋号で佐伯郡大栗林村庄屋を務めた家柄である。尚、明治時代に松崎姓を森崎に改名した。,,, 342114,16,広島県,大竹市,和田家文書,ワダケモンジョ,和田家文書,,市指定有形文化財,古文書,広島県立文書館,広島県広島市中区千田町3-7-47,,34.377227,132.45291,(082)245-8444,,12700,件,,広島県立文書館,2007/6/22,,,,,,,この文書は、江戸時代から明治時代にかけての古文書である。,,和田家文書は、佐伯郡の割庄屋を務めていた関係から通常までは一村単位が中心となる資料に関して、一軍単位までまとまって残存しており、近世〜近代における大竹市域はもちろん、佐伯郡全体の「地域史」を掘り起こすことが可能となる重要な古文書である。,,, 342114,17,広島県,大竹市,称名寺の喚鐘,ショウミョウジノカンショウ,称名寺の喚鐘,,市指定有形文化財,工芸品,称名寺,広島県大竹市玖波6-6-33,,34.257034,132.228531,(0827)57-7411,,1,口,,宗教法人称名寺,2018/3/28,,,,,,,この喚鐘は、総高55.6p、口径35.7pの青銅製である。,,鐘の池の間には、2区にわたって陰刻銘があり、清誉妙照信女逆修菩提ため、天和元年(1681年)12月に寄進したこと、続いて芸州玖波浦称名寺住持専誉上人の代であったことが記されている。,,, 342114,18,広島県,大竹市,大歳神社の力量石,オオトシジンジャノリキリョウセキ,大歳神社の力量石,,市指定民俗資料,民俗資料,大歳神社,広島県大竹市玖波5-8-5,,34.259719,132.225258,(0827)53-5800,,1,個,,大歳神社,2018/3/28,,,,,,,この石は、高さ73p、最大幅64p、奥行28pの花崗岩の大石である。,,昭和52年に昭和20年9月の枕崎台風により倒壊した鳥居の再建工事中に発見された。,,, 342114,19,広島県,大竹市,谷和神楽,ダニワカグラ,谷和神楽,,市指定無形文化財,芸能,,,,,,,,,,,谷和神楽団,2023/6/23,,,,,,,毎年10月、栗谷町谷和の河内神社例祭の前夜祭で、五穀豊穣と家内安全を祈願して奉納される。曲調、舞ぶり、口上等は出雲神楽の系統とされる。元々は旧舞(六調子)を演じていたが、テンポの速い新舞(八調子)を取り入れてきたため、現在は八調子舞が主となっている。,,大竹市域の神楽に関する古い記録は、文政2(1819)年に『芸藩通志』を編纂する基礎資料として提出された小方村「國郡誌」に、氏神祭礼で十二神祇神楽を舞ったことが記されている。この安芸十二神祇神楽は江戸時代後期に広島県西南部で広まり、廿日市地域から大竹に伝わったと考えられ、毎年秋祭りの宵宮(前夜祭)で十二の舞を奉納していたとされている。,,,谷和神楽団により継承されている。 342114,20,広島県,大竹市,小方しのび奴,オガタシノビヤッコ,小方しのび奴,,市指定無形文化財,芸能,,広島県大竹市小方1-18-1,厳神社,,,,,,,,小方郷土保存会,2025/9/26,,,,毎年10月第1日曜日,,,厳神社の秋季例大祭で行われる神幸行列は、小方地区の住民で構成される小方郷土保存会が主となって長年受け継がれてきた。中でも奴行列は亀居城を築城した福島正則が江戸へ出府する際の行列を表現したものと伝えられている。,,掛け声はなく槍も交代しないで静寂のなかを一糸乱れることなく粛々と進んでいく様は、大瀧神社の大竹祭や大歳神社の玖波祭の奴行列とは異なる独特なものである。御目付1名、大鳥毛2名、小鳥毛4名、熊毛2名、長刀1名、台傘1名、挟箱1名 計12名,,,